転倒・骨折!入院リハビリ日記
 十代の頃からバイクに乗っていますが、アラフォーどころかオーバーフォーティーにして初めてバイクで怪我をしてしまった。これは再度MKUに乗れるようになるまでの長〜い1年間の体験談で、必ずしも自分の経験が皆さんに当てはまるとは限りませんが、同じ様に怪我やリハビリで悩んでいる方の参考に少しでもなればと思い書いてみました。また、健常者の方もこれを読んで、私の様なことにならないように安全装備および安全運転によりいっそう注意して戴ければと思います。


2007年 4/23(月)PM8:15 転倒!

 仕事の後に車検の上がったMKUをバイク屋に取りに行き閉店後にバイク屋の社長と晩飯を食いに行く途中、いきなり歩道から飛び出してきた犬にびっくらこいて気づいた時は路面に叩き付けられていました(いわゆる握りゴゲってやつです)。5分程はめちゃくちゃ痛く殆ど動くことが出来ません。ズボンの上からも膝が変形しているのが確認でき右手も腫れてきたので骨折しているのは明らかです。当然、救急車で某市民病院へ搬送です(初めて救急車に乗っちゃった!)。レントゲンの診察の結果膝蓋骨骨折(つまり膝のお皿粉砕ね!)と右手小指骨折で入院2ヶ月コースだそうです。本当は家から近い某大学病院に搬送して欲しかったのですが、当直医には専門というのがあるので病院は好き勝手には選べないのです。だからといって安易に搬入先の病院に入院してはいけません。病院というところは一回入院すると転院するのは難しいのです。まぁ、そんな余裕をこいてる場合じゃなければ入院するしかないのですが、診察した医師も他の病院行くなら帰ってもいいと言ってるので、添え木をして貰ってど根性(あまりの痛さにベットから降りられなかった)で帰ります。


4/24(火)〜入院から手術まで

 翌朝、近所の某大学病院に外来入院です。ところがどっこいぎっちょんちょん!GW前で手術枠が一杯で9日間程放置プレーです。担当医曰く「まぁ、今すぐに手術しなければならないって訳じゃないから・・」と、夜には早速バイク仲間数名が見舞いに来てくれました。当然、お見舞いの定番エロ本を要求!(定番じゃないって?)とにかく手術まで何もやることが無いのでベットのカーテン全開でエロ本広げてセクハラおやじ丸出しです。廊下側のベットだったので廊下から丸見えですが気にしません。なのに何故かやって来る看護婦さんみんな帰りに必ずカーテン閉めて帰ってくんだよねぇ〜 カーテン閉切りでエロ本見てるところ開けちゃう方がよっぽどお互い気まずいと思うのだが・・・そんな訳で手術前日まで風呂なし洗髪なしでズボンも事故時のままただ痛みに耐えるしかありません。足は浮腫んでパンパンになりまるで象の足のようになっています。

 ちなみに画像はお見舞いの差し入れの品ですが、手前のTENGAとはオ○ホールだったりしますが、使わなかったので(当たり前ですが!)退院時に独身の主治医にプレゼントしました。


手術前日

 手術前日にやっとシャワーを浴びさせて貰えます。しかしソープのように洗ってくれる訳ではなく、自分で出来ることは自分でするのが病棟の掟です。でも足曲がんないからパンツ履けないんだよねぇ〜 仲良しのナースのKさんに「退院したらおめぇのパンツ履かせてやっから俺のパンツ履かせてくれよぉ〜」と頼んだら「ばっかじゃなぁ〜い」と言われたので、「だっておじさんバカだからっ!」と言い返したら呆れていました。いやぁ〜若い娘をからかうのは楽しいなぁ〜 明日はやっとオペで今晩は飯抜きで下剤を飲んで終身じゃなくて就寝です。



【手術前の膝の状態】

少し血が滲んで痛々しいです。


手術当日

 今日も朝から飯抜きで午後からのオペなのでひたすら空腹に耐えるしかありません。しかも大抵は前のオペが長引くので予定時刻より遅れます。その間は点滴したり、浣腸プレーしたりして手術着に着替えます。この手術着ってやつは肩から脇まで両サイドが全部ホック留めになっており寝たままでも脱がせる(剥がせる?)ことが出来る構造になっています。イメージとしては上島竜平が逆バンジーで全裸になってしまう服と同じ構造です。では、下着(パンツ)はどうなっているのかというと、これまた寝たまま脱着可能なように「ふんどし」着用になっており、手術着と合わせて夜の夫婦生活で脱がすのがメンドーな無精者には持って来いのアイテムです。ちなみに「ふんどし」は売店で購入可能です。
 夕方になってやっとオペ室からお呼びが掛りベットごと運ばれ、まるでTVドラマのようです。前室でオペ室用のストレッチャーに乗り換え、そこから手術台に「1・2・3・ダー」の掛け声で乗せられます(ダーは嘘です)。この手術台ってやつは寝返りを打ったら落っこちてしまう位幅が狭いのです。患者の患部と執刀医の手元が遠くならないように幅が狭いのでしょうが落ちないようにベルトで固定されます。手術台に乗ったらまず横向きになり腰椎麻酔用の針を入れられます。これが背骨に直接針を刺すのでめちゃくちゃ怖いです。その後の全身麻酔は点滴から注入されますので怖くはないのですが、俺はぜってー寝ねぇぞっ!と眼をがっと見開いていてもいつの間にか落ちてしまっているのです・・・zzz




【手術前の管理人】


〜手術翌日

 術後はオペ室で名前を呼ばれ起こされますが、まるで酷い二日酔いのようです。まだ、気管に管が挿入されており管を抜かれた後は喉が痛いです。その後、病室に運ばれますがまだ意識はもうろうとしており吐き気がします。時刻は夜10時を回っているので5時間にも及ぶ長い手術だったようです。足は腰椎麻酔が効いているせいかさほど痛みませんが手はジンジンと痛みます。取り合えず酸素マスクは着用したまま翌朝まで眠ります。
 翌朝、やっとお粥が朝食として出されますが殆ど食べられません。そして体を起こしてベットに腰掛てトイレに行こうと立ち上がった瞬間、もの凄い吐き気が襲ってきて冷汗がだらだら流れ、当然ヘルプミーのナースコールです。術後は2日程、痛み止め為に腰痛麻酔(背骨に刺しっぱなしの点滴のようなもの)を入れたままなのですが、これが吐き気を催すようです。背骨に針を刺したままの状態も嫌なので腰椎麻酔は抜いて貰うことにしました。ちなみに朝には小便用のチ○ポ管も抜いて貰っていますが、抜く時は噂に聞くほど痛くはなかったです。だけど一週間位はオシッコすると尿道がヒリヒリするんだなぁ〜これが!




【手術後の膝の状態】

(縫合の跡が痛々しい)


リハビリ開始

 術後三日程するとリハビリ開始です。「え〜もうやんの〜」って感じですが、リハビリはCPM【画像参照】という機械で行います。CPMは「巨人の星」の大リーグボール養成ギブスのようでモーターの力で強制的に膝関節を曲げていきます。曲げる角度と曲げる速度を調整できて、30度位の角度から始め徐々に屈曲角度を増やしていきます。最初は余裕ですが流石に2週間以上も曲げていないと角度が増すにつれて辛くなってきます。管理人は70度位から急激にきつくなってきました。それと同時にリハビリ室で筋力トレーニングも平行して始めます。CPMが1回1時間を2回行いリハビリ室でのトレーニングを2時間程行いますので、1日のうち4時間程はリハビリに費やすことになります


【画像提供 ナースSさん】


ある日の出来事

 整形病棟にはベット数が足りないせいか5床程内科のベット枠がありました。そんなある日、管理人の病室に内科の新しい患者さんが入院して来ました。ところがこのおっさんいきなり病室共用の洗面所に歯ブラシ等の私物を置きだしたのです。誰も置いてないのにふてー野郎だ!と思いましたが、その後の人間関係もあるので副主任のMさんに言って注意して貰いました。言いづらい事頼んで申し訳なかったので、「今度、置いてあったら自分がその歯ブラシで便器を掃除しときますよ!」と言ったら笑っていましたが、すぐに「そんな事したら○○さん(管理人の名前)の歯ブラシで便器掃除しますからねっ!」と真顔で念を押されてしまいました。冗談だっちゅーの!そんなに自分は危ない人に見えますかぁ〜?


一ヵ月後

 CPMの設定角度(実際の膝の曲がり角度ではない)はなんとか90度程になりましたが、ここから先は全く進展しなくなりました。チョンボしてもせいぜい100度程度で、リハビリ室での実際の計測屈曲角度はおまけして60度といったところです。当然、ナース他から「80過ぎのお婆ちゃんだって曲がってるのに!」とかプレッシャーを掛けられます。「年寄りで痛み感じないからじゃないの?」と強がって見せたものの、内心本人が一番焦っています。しかしここで無理してはいけません、曲がらないものは曲がらないし本人の努力だけではどうにもならないこともあるのです。焦らなくてもゆっくり時間が解決してくれるのを待ちましょう。(まぁ、必ず時間が解決できるとは限りませんが・・)




発熱・再手術!

 CPMで膝が曲がらないと尻がずりずり逃げていきます。それを根性で逃げないようにベットの手摺を掴み押さえ込みます。そんな感じで無理してCPMを続けていたある日の朝、寒気がして体がだるいです。検温するとやはり発熱しています。取り合えずその日はCPMとリハビリを休んで様子をみます。ところが3日経っても熱は下がらずどうやら炎症を起こしているみたいです。よって、先生・ナースが大勢管理人のベットの周りに集まり神妙な顔つきで作戦会議です。なんでも還流するとかしないとか・・???
 結局、関節鏡(胃カメラみたいなやつ)で関節内部を検査することになりました。またもや全身麻酔で夢の中へトゥーザヘブン!お目覚めは前回と同じく5時間後の長〜い手術となりました。


還流措置


還流措置で軟禁!

 やはり関節内部が炎症を起こしており手術で関節内をチマチマ清掃してから還流措置です。還流とは膝関節内に管を通して生理食塩水で関節内を24時間洗浄する治療で、膝上と膝下に管が刺さっており、上の管から点滴のように洗浄水を流し下の管から排液をドレンパックで受ける措置です。この状態は炎症値が下がるまで続けられ期間は2週間程度でその間はベットに軟禁状態です。つまり、トイレすら行かせて貰えないのです。小便は尿瓶で対応できますが、大便はオムツ着用のムーニーマン状態【画像参照】である。くっそぉ〜!ベットで脱糞プレーとはなんて屈辱的なんだ!しかも、オムツは緊急用で実際の脱糞はナースコールで自己申告制です。ナースコールするとオイル交換用の受け皿【画像参照】のような薄型のおまるを持ってきてくれてそこに放出するのです。露出狂の人には最高のプレーですが管理人には耐えられなかったので、2〜3回ベットで脱糞プレーを経験した後、先生に懇願して身障者トイレ対応に変更して貰いました。しかし、身障者便所は遠く自分ひとりで行ってはいけない(もし還流の管を引っ掛けて抜けたりしたらナースの責任になる)ので間に合わない時のため相変わらずムーニーマンです。何が辛いってシャワーも浴びれないので頭は痒くなって体は臭いし、オムツは蒸れるしで入院生活最悪の二週間で半狂乱寸前でした。


軟禁解除〜退院

 血液検査の結果炎症値が下がりやっと二週間程で軟禁措置から解放です。ところで、手の骨折の記述が全くありませんが、手はピンという針金なようなもので骨折箇所を固定されています。このピンは4本ほど手の甲から突き刺さっているのですが、還流の管と一緒に抜いて貰いました。しかし、当然手術室で抜くと思いきやいきなり先生が病室に来てここで抜くと言い出します!「ちょっと待って下さいよぉ〜」こっちは全く心の準備が整っていません。なんとかナースステーション横の処置室に移動するものの、ペンチや金槌といった病院に似合わない道具の出現にビビリます。しかし、抜く作業は意外に痛くなく骨にピンが刺さっているので抜く感覚がゴリゴリとしていたのが気持ち悪かったです。ちなみに還流の管はスルスル感覚も無く抜けてくれました。
 さて軟禁解除でリハビリの再開ですが、二週間も曲げていないと以前より増して曲がらなくなっています。水前寺清子の365歩のマーチに例えるなら3歩進んで5歩下がるといった感じでしょうか。しかし、前回の経験上また関節炎を起こしても嫌なのでリハビリは適当に切り上げて還流後二週間程で無理やり退院しました。退院時の実屈曲角度はおまけで30度程度といったところですから還流前の半分程度の屈曲角度です。30度というと殆ど足が伸びて突っ張った状態で車の助手席に乗っているのも辛い状態です。この時点で骨折から約二ヶ月が経過していました。


【手に刺さっていたピン】

 取り合えず、良いか悪いかは別にして一応退院しましたので、ここで管理人が入院時に重宝したお勧めアイテムを紹介したいと思います。

お勧めアイテム(その1)マジックハンド

 管理人一押しお勧めアイテムはマジックハンドです。足曲がんなくてもパンツ履けるし、ベットの上にいてもベットを起こすハンドル回せるし、カーテン閉めるの楽だし、物拾えるし何かと便利です。しかもこんなもんベットで使用してんの自分だけなので、ナースの気を引くのにも使えるスケコマシには必須アイテムです。なんでこんな便利なもん売店に売ってないんだぁ〜 という訳で管理人の必須入院グッズNO.1です。

お勧めアイテム(その2)バンダナキャップ

 次に管理人のお勧めアイテムはバンダナキャップです。常にベットに横になっている病人は髪型が乱れます。朝シャン出来れば良いのですが病棟にそのような場所が無いので、いつも朝シャンで寝癖を直す管理人には寝癖を隠すバンダナキャップは必需品です。当初は帽子を被っていたのですが、病棟でずっと帽子を被っているのも変だし帽子は洗えないのでバンダナキャップに変更しました。普通のバンダナでも代用可能ですがデイトナ製のバンダナキャップは頭の形に立体製法されているので大変お勧めです。しかし管理人は入浴時以外は寝る時も含め常に被っていたので、病棟その他でハゲ疑惑を懸けられていました。

お勧めアイテム(その3)ノートPC

 
最近は無線LAN環境が整備された病院もあるようですが、ネット環境が整ってなくてもノートPCがあればDVD見れるし、(機種にもよりますが)音楽聴けるし大変便利です。どうしてもネットが見たいって人は携帯に接続する方法もありますが、大抵の病院は病室での携帯使用は禁止されておりますので使える場所は限られてしまうでしょう。また仕事がしたいって人にも使えますが何もベットの上でまで仕事をしたくないって人は、この際、年賀状用の住所録の更新なんかも済ませてしまいましょう。自分は病棟の廊下でCPM中も病室のテーブルをガラガラ引きずっていきノートPCでDVD観ていましたよ! CPMがあるってことはコンセントも必ず在りますから電源の心配もありません。

お勧めアイテム(その4)ウィダーinゼリー

 
これは経験した人でないと分からないのですが、術後は痛みと麻酔の影響で気分が悪く(個人差はあると思いますが)食事が喉を通りません。そんな時、横になったまま吸えてそのままゴミ箱に捨てられるウィダーinゼリーは大変便利です。しかも冷やしてあると喉も通り易いので食欲が無い時でも摂取可能です。これは、管理人と同様に膝の皿を割って同病院に入院していた経験のあるバイク仲間のOさんが持って来てくれました。流石にこの時は経験者ならではの差し入れだなぁ〜と感心しました。ただ術後の元気になってから差し入れてもあまり意味がありません。だって元気な時はあまり腹の足しにならないでしょ!



二ヶ月〜六ヶ月後

 取り合えず退院はしたものの、足が突っ張った状態なのでスクーターですら思いっきりタンデムシートまで腰を引かないと乗れません。このポジションではきっとアメリカンバイクも乗れないはずです。入院していた大学病院は夜間のリハビリをやってないので、仕事の後に駅から近い某有名整形外科のリハビリに通います。この病院は管理人のような外傷よりはスポーツ系で有名なようで、数多くの部活帰りの学生が通っていました。
 さてこの病院でリハビリを開始して一週間ほど経ちますが、見た目には何の進展もありません。このままリハビリを続けてもホントに曲がるようになるのかとても不安です。そんな疑心を持ったままリハビリを続けること一ヶ月、気のせいか以前よりほんの少し曲がっているように感じます。またリハビリ続けること一週間、やっぱり何も進展していません。やっぱり曲がらないのかぁ〜と不安なまま更に続けること一ヶ月、やはり一ヶ月前より若干曲がっているように感じます。どうやら日々の変化は全く分からないものの月単位ではなんとか進展しているようです。そんな感じであまり進展を実感しないまま4ヶ月程経過した頃、いつの間にか実屈曲角度は90度程度にまでに回復していました。これはやっと普通に椅子に座れる角度でこの時点で骨折から半年近く経過していました。しかし、理学療法士の先生もリハビリではこの辺までが限界で、これ以上の屈曲は関節鏡下受動術をしないと難しいのではという見解です。


抜釘&関節鏡下受動術

 前回の入院中に手のピンについては抜きましたが、膝皿には骨折を固定する針金がまだ入ったままです。これを抜くことを抜釘(ばっていと言います。ばってん荒川でありません)この抜釘に合わせて関節鏡下受動術を行うことになりました。よって11月の初旬に再び某大学病院に入院です。関節鏡下受動術とは関節鏡(胃カメラみたいなやつ)で確認しながら癒着箇所(くっついて動きを阻害している部分)を剥がしていきます。神経を傷つけないよう慎重にチマチマ剥がしていくとても面倒な作業だそうです。また、状況によっては無理やりバキッと力づくで曲げてしまう場合もあります。麻酔で痛みを感じないようにしないと出来ないのですが、場合によっては骨や腱を痛める可能性があるので加減が難しいみたいです。幸い管理人はバキッはやらなかったみたいですが、癒着を剥がすのが大変だったようで、やはり手術時間は5時間程かかったと思います。




【お勧めグッズのマジックハンド】


術後リハビリ

 手術の翌日から早速CPMでリハビリ開始です。せっかく癒着を剥がしたのに動かさないと再癒着してしまうので速攻で曲げて行きます。流石に癒着を剥がしただけあって、すぐにCPMの設定角度のMAX130度に達しました。手術前より明らかに30度程多く曲がっています。しかし、いくら曲がるからといって無理をしてはいけません。管理人はここで調子に乗って無理なストレッチをしてしまい思いっきり筋肉痛になってしまいました。しかも並大抵の筋肉痛ではありません。今まで伸ばされていない筋肉をいきなり伸ばしたのですから当たり前と言えば当たり前ですが・・・水前寺先生!愚かな管理人はまたもや3歩進んで5歩下がってしまいました。CPMの設定角度は130度から90度程度まで下がってしまい筋肉痛が治るまで一週間程を要しました。その後はなんとか騙し騙し元の設定値(130度)まで戻していきます。
 画像は新人ナースの点滴針を刺す練習用患者となる管理人です。入院生活もベテランとなるとこういう新人ナースの練習台になったりします。当然、セクハラオヤジは失敗したら飲み会一回を要求します。退院後にホントに飲みに行ったかどうかはヒ・ミ・ツです!初々しかった I さんも今じゃきっと立派なナースとなっていることでしょう。


新人ナースの点滴針を刺す練習用患者となる管理人


自転車

 ある日、見舞いに来た妻を送りに玄関に行くと妻の電動自転車がありました。何気に乗ってみると・・乗れる!マジ乗れる!まるで初めて自転車の補助を外した子供のように夜の病院のロータリーをグルグル走り廻ってしまいました。自転車に乗れることがこんなに嬉しいなんて! 翌日のリハビリメニューからエアロバイクが加わったのは言うまでもありません


退 院

 入院から3週間ほど経過した11月下旬に無事退院することが出来ました。今回の入院は前回と異なりリハビリも概ね順調で精神的にもかなり楽でした。まだMKUに乗れるには時間が掛かりそうですが、なんとか先が見えてきました。一時はこのまま足が曲がらずこのままずっとMKUに乗ることが出来ないのではないか(そんな思いしてまでまだ乗りたいんかいってか?)と不安になり眠れない夜を過ごしてきました。リハビリは効果が現れるまでに時間が掛かり即結果が出るものではありません。太田哲也(全日本GT選手権の富士でクラッシュ炎上)執筆の「クラッシュ」という本(生死から回復までの軌跡)の中で、医者が病状の進捗をアマゾン川の流れに例えています。「君には河の流れが止まっているように見えるだろうし、岸辺も遠くてよく見えないだろうけど、でも、いつかは必ず海に出る。きっと治る。今の君にとって河の流れは残酷なくらい遅く感じられるだろうけど・・・」とあります。リハビリはこの一言に尽きると思います。日々の進捗は全く感じることは出来ませんが確実に時と共に回復しているはずです。太田さんは完治するまで3年を要しましたが、取り合えずは1年、1年間は皆さんも辛抱してみてはいかがでしょうか?



後遺症について

 結局、MKUの修理期間も含め復活のエキゾーストが吠えるまで約1年間掛かりました。復活直後はバックステップポジションがきつかったものの、2年経った今ではただ乗るだけなら普通に乗ることが出来ます。(右ハングオンはちっと辛いが・・)
 また社会生活上の不具合はというと、まず正座ができません。正座をすると拳ひとつ分の隙間が尻とかかとの間に出来てしまいます。短時間のお焼香程度の正座なら出来ますが継続的に正座をすることは出来ません。あぐらについては一応出来ますがやはり長時間だと辛くなってきます。肝心の膝の動きについてはとても違和感があります。関節内部に異物があるようなゴリゴリした動きです。痛みに関しては我慢できない程ではないですが、足の甲が常に痺れている方が辛いです(多分、どこかで神経が触れていると思われる)。この後遺症とは一生付き合わなくてはならないと思うとはっきり言って気が重いのですが、諦めて付き合っていくしかありません。皆さんは私の体験談を参考にすることがないように、今後怪我には十分注意してバイクライフを楽しんで貰いたいと思います。




【リハビリ室の先生の方々


編集後記

 今回の入院で感じたことは、やっぱり自分は家族や友達、バイク仲間、職場のみんなに支えられて生きているんだなぁということです。入院中はホント沢山の方々にお見舞いに来て頂き自分は超〜幸せ者です。入院中は辛いことも沢山ありましたが今思えば楽しい思い出です。そういえば同期のYが見舞いに来た時、ナースのKさんに「こいつ俺に惚れんてんだよ!」と言って「何言ってんのよっ!」と怒ったところを「だってコイツやたら俺のケツに座薬入れたがるんだぜぇ!」と言ったら「ばかっ!それはあんたが痛がってるからでしょうがっ!」と顔を真っ赤にして怒ってたのは面白かったなぁ〜 某大学病院6東病棟の先生やナース及び看護助手の方々、リハビリ室の理学療法士の先生の皆様には本当にお世話になりました。管理人はみんなの事が大、大、大好きだぜぇ〜い! みんな愛し合ってるかぁ〜い! イェ〜イ! それではまた会う日まで皆さんお元気で、ア・バ・ヨ!(柳沢真吾風に!)











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